祖母のバーバリーのトレンチコート

30歳になったとき、もっと真剣に服や靴やバッグを選ぼうと決めて色んなスタイリストさんやモデルさんのスタイル本を読んだ。するとけっこうな頻度で親から引き継いだバーキンやケリー、二十歳の記念に親から贈られたティファニーカルティエなんかが出てきて知らない世界を垣間見た気分だった。

私の母は洋服に全く関心がなく、当然親から引き継ぐマトラッセなんてものはない。だけど唯一、バーバリーのトレンチコートだけある。それは今は亡き祖母が40年前に買ったものだった。

祖母は県庁の職員だった。そして女性で初めての管理職になり、課長まで昇進したと聞いた。バーバリーのトレンチコートは、祖母の課長昇進が決まったときに百貨店で買ったものだと母から知らされた。ちょうど母が大学生の頃、祖母の買い物に付き添い「これはいつかあなたにあげるから大事に使うんやで」と祖母のバーバリー清水ジャンプの瞬間に立ち会ったらしい。

今でこそ女性も当たり前のように仕事をしてるが、祖母が働いていた当時は今よりもっと男性社会だっただろう。昇進の記念に買うものがジュエリーでもバッグでもなく、軍服を起源とするトレンチコートというのは、男性社会で必死に戦おうとする祖母の姿を想像して何だか胸が詰まってしまう。祖母もまた、買い物で自分を奮い立たせるタイプだったのかもしれない。

祖母はいなくなったが、コートは残る。この前クリーニングに持っていったら「とてもいい素材。あと20年は着れます」と言われた。祖母が40年前に買ったから60年持つってこと!?ちょっとした木造住宅ぐらい長持ちするやん。

そういえば社会人になりたての頃、珍しく祖母から電話がかかってきたことがある。「仕事はどうや?」と聞かれ、大変やわと答えると「色々しょうもないこと言ってくる人もいるけど気にしすぎたらあかんで」と言われたことを今でも覚えている。

祖母の仕事の話、もっと聞いておけばよかったと思う。それは叶わないから、祖母のトレンチコートを大事にする。